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大阪高等裁判所 昭和59年(ツ)12号 判決 1984年11月20日

上告人(控訴人・被告) 中西政男 外五名

訴訟代理人 中尾英夫

被上告人(被控訴人・原告) 音田清臣

訴訟代理人 上田稔

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二、三審とも被上告人の負担とする。

理由

上告代理人中尾英夫の上告理由第一について

所論の点に関する原判決の認定は、原判決挙示の証拠に照らして正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

同第二について

原審が確定した事実関係によれば、(一)被上告人は、昭和四一年三月一二日、訴外高谷まさから第一審判決添付別紙目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を買受け、同人から所有権移転登記手続をなすに必要な一切の書類を受領しながら、右登記手続をしないでいた、(二)ところが、昭和四二年八月二四日付で本件土地について高谷まさから訴外岡本栄次郎(被上告人の前記売買における代理人)に所有権移転登記がなされているが、登記原因とされた昭和四二年八月ころに両者間に売買が行われた形跡はない、(三)その直後の同月二六日付で岡本栄次郎から訴外橋本隆朗に売買を原因とする所有権移転登記がなされた、(四)昭和四六年一、二月ころ、被上告人は、訴外(仮称)淡路島土砂積出事業共同企業体との間で本件土地を含む土地につき採土契約を結ぶに際し、右企業体側から、本件土地が橋本隆朗名義になつている旨の事実を示して釈明を求められ、遅くともそのころ本件土地が第三者名義となつていることを知つた、(五)しかしその後も被上告人が右登記を放置していたところ、上告人らは前記橋本隆朗名義の登記が実体に合わないことを知らず本件土地を取得した(なお、本件土地のうち第一審判決添付別紙目録一ないし三の土地については、昭和五一年三月一日付で橋本隆朗から訴外大興土地開発株式会社に、同年四月一三日付で同社より上告人中西政男に、同四の土地については、同月一六日付で持分各三分の一につき橋本隆朗から承継前原審控訴人丸橋清史及び訴外李甲植に、同年八月二四日付で残三分の一につき橋本隆朗から訴外酒井康夫に、さらに同年一〇月九日付で同人から上告人中西政男に、同年一一月八日付で李甲植の持分三分の一につき同人から上告人具泰本に、いずれも売買を原因として所有権移転登記が経由されている。)、というのである。

そして、原審は、本件について民法九四条二項を類推適用するためには、不動産の買受人が所有権移転登記に必要な書類を受取つていながら移転登記をせずに放置したり、第三者名義に登記されたことを知つた後もその回復の措置をとらなかつたことのみではなお足りず、少なくとも被上告人が実体上の権利関係に反する虚偽の登記を作り出し、または作り出されたことにつき密接な行為をしたことを要するものと解すべきところ、本件には、この点を是認するに足りる証拠はないとして、民法九四条二項の類推適用がある旨の上告人らの抗弁を排斥し、また、右事実関係から、被上告人が、上告人らは本件土地の所有権を取得していないと主張することは、禁反言ないしは権利外観法理に照らして許されないものとは解されないとして、上告人らの右抗弁を排斥している。

しかしながら、真実の権利者が、不実の登記の存在を知りながら、相当の期間これを放置したときは、その登記を信頼して利害関係を持つに至る第三者の出現が予測できるはずのものであるから、真実の権利者において当該不実の登記を是正する手段を講ずべきものであり、これを怠つた者が、登記を信頼して取引関係に立つた第三者よりも厚く保護されるべき理由はないから、少なくとも禁反言もしくは権利外観法理により、真実の権利者は登記を信頼した善意の第三者に対抗することはできないと解するのが相当である。これと異なる見解のもとに上告人らの抗弁を排斥した原審の判断は、禁反言もしくは権利外観法理の適用を誤つた違法があるといわざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由がある。

そして、原審の適法に確定した事実関係によれば、被上告人は、本件土地を買受けてから一〇年余、しかも第三者の不実の登記の存在を知つてから五年余に亘つてこれを放置していたものであつて、その放置期間は極めて長期間であり、他方上告人中西政男、同具泰本、丸橋清史はその後に右不実の登記ないしはさらに第三者を経由した登記を信頼して本件土地を買受けたものであるから、真実の権利者たる被上告人は、禁反言もしくは権利外観法理により、善意の第三者たる上告人らに対抗できないものというべきであり、被上告人の本訴請求は理由がないから、被上告人の請求を認容した第一審判決に対する上告人らの控訴を棄却した原判決を破棄し、右第一審判決を取消したうえ、被上告人の本訴請求を棄却すべきである。

よつて民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 田坂友男 裁判官 島田清次郎)

上告代理人中尾英夫の上告理由

第一原判決は、登記簿の推定力について、判断の誤りがあり、これは経験則違反として判決に影響を及ぼすこと明らかな場合である。

一 登記簿の記載につき、「登記簿上の所有名義人は反証のない限り、右不動産を所有するものと推定すべきである」(最判昭三四・一・八民集一三巻一号一頁)とされ、権利者が誰であるかに関する記載には最も強い推定力があるとされておる。まして登記制度を維持し、それによつて不動産の移転を公示している我が国に於ては、この登記によりその所有権者を特定することが最も妥当、且つ、正確とすべきであり、これに反する権利者を認定することはよほどのことがない限り、それを所有権者として認定されるべきではない。

しかるに、原審判決は、被上告人らの証言のみをもつて、被上告人を本件山林の買主としてのみ認定し、上告人らの前々所有者として主張する岡本栄次郎への所有権移転登記の存在につき、あまりにも理由なく、虚偽登記としたものであつて、その登記の推定力につき誤つた判断がなされたものである。

すなわち原審判断では、理由第一、二の2に於て、「本件各土地は前記認定の経過により、津名町佐野地区の農業構造改善事業に関連して、右農業構造改善グループの一員である被控訴人に対し売却されたものであつて、岡本栄次郎は右グループの構成員ではなく、高谷まさとの交渉を委任された者にすぎず、右岡本に売却されたものではない。」と認定している。

しかし、右の「前記認定経過」からすれば、必ずしも岡本が買主たりえないという結論はみちびきえないのではなかろうか。

まず、第一点として、本件山林は誰にも頼まれないのに岡本が勝手に高谷まさより買付けたものであること。高谷宅へ岡本が買付けに行つたのは、被上告人音田より改善事業に必要な四反歩を買付けに行つたのであり、本件山林は岡本が勝手に買付け、且つ、それは単価的にも高額であつたということ。従つて、むしろ勝手に買付けた岡本が責任を負うべきであること。

第二点として、「右グループの構成員ではなく、高谷まさとの交渉を委任された者にすぎず、右岡本に売却されたものではない」との認定についてもグループの構成員でないことが買手たりえないことである如く認定されているが、買付交渉を任された者が買手になりえないのかというと、特段の事情がない限り、買手にも充分なり得るのであるからして、右認定には理由として不充分である。

二 岡本栄次郎への本件山林の所有権移転登記には、権利の強い推定力が認められるべき場合である。

すなわち、原審も認定する如く、高谷まさとの本件山林買付交渉の担当者であり、金銭の直接の支払者であり、岡本への所有権移転につき保証書でなされ、高谷まさは、その回答書に於て、岡本栄次郎に売却した(登記先が岡本栄次郎)との承認のもとに右回答書を担当法務局に返送したものであること。(乙二号証の四)

被上告人音田は不動産を岡本栄次郎と共同で業としていたと思われる者であるが、昭和四一年三月ごろ乙九号証ないし乙一六号証、乙三二号証ないし乙四〇号証にある如く約二〇町歩の山林が岡本栄次郎より被上告人に所有権移転しているものであり、これに対する対価は全く支払われていないというのが被上告人の証言である。いやしくもかかる多量の山林を移転しておきながら、全く金銭的やりとりがなかつたということが考えられないし、何らかの交渉が長期或いは短期的にあつたとみるべきところであり、この頃被上告人と岡本栄次郎とは相当色々な問題、交渉があつたはずである。

従つて、当初昭和四一年三月の時点に於ての本件山林についての話合いと、その後時間を経過した昭和四二年頃の話とは必ずしも同じであつたかどうか疑わしいのであつて、もし仮に昭和四一年の話合いで被上告人を本件山林買主としたとしても、昭和四二年には岡本栄次郎が買主となつたということは充分考えられるのであつて、被上告人と岡本との関係を考えれば、昭和四一年から昭和四二年の間にその所有権を移転することが話合われた可能性が高いのである。

三 本件は、岡本栄次郎が本件山林の権利を取得していたのか、被上告人音田が権利を取得していたのか、というバランスの問題である。

売主である高谷まさ及びその補助者である高谷忠駿によると、いずれも被上告人或いは岡本栄次郎へはどちらにも売却していないという証言をなし、高谷忠駿に於ては買主側の内部的な争いであるという証言を第二審でなしている。

ところで被上告人は本件山林について、所有権移転登記を受けることなく一〇年を経過して岡本栄次郎が死亡した後に訴訟をなして来た。なぜ岡本栄次郎が死亡してから訴訟をしたのかという大きな疑問は未だに残るが、それよりも被上告人は本件山林が岡本栄次郎に所有権移転登記されているということにつき昭和四六年一、二月頃知つたものであり(原審もこの頃知つたと認定している)、それをなぜ放置していたのであろうか。

さらに不思議なことは、これを知つた被上告人が何ら高谷まさに交渉するでもなく、岡本栄次郎に抗議するでもなく、上告人中西から内容証明郵便に於て抗議を受けても何らの行動を起こさなかつたという事実についてどう判断すべきであろうか。

右被上告人の消極的な行動は通常我々が考える所有者としてのそれとは到底考えられない。一般的な経験則からすれば、かかる消極的な行動をとる被上告人は権利を有しないがためであるという判断が下されるものであり、かかる行動について一般的に納得出来る理由が示されない限り、理由が不備であるといわざるをえない。

第二民法九四条第二項類推適用の誤りがある。

原審では、右民法九四条第二項類推適用するためには、「少なくとも被控訴人が実体上の権利関係に反する虚偽の登記を作り出し、又は作り出されたことにつき密接な行為をしたことを要するとすべきところ、本件にはこの点を是認するに足りる証拠はない」とする。

はたして被上告人の行為は「虚偽の登記を作り出し、又は作り出されたことにつき密接な行為がなかつた」と言いうるであろうか。

被上告人と岡本栄次郎とは、先にも述べた如く不動産業を共同にてなしていたものであると思われるが、本件山林売買についても被上告人と岡本栄次郎との共同歩調的な買付行為が認められる事案であり、先に述べた乙第九号証ないし一六号証の小井山の山林についても無償でとりあえず岡本栄次郎より被上告人へ所有権移転する様な立場にあつたものであり、本件山林について被上告人承諾のもとに岡本栄次郎に所有権移転したとして何の不思議があるであろうか。

さらに、被上告人がこれを承諾していたということは、被上告人が本件山林について昭和四六年一、二月頃岡本栄次郎に移転を知りながら、これに何らの処理もしなかつたことは、それ自体相当高度な関与行為とも考えられるものであり、民法九四条二項の類推適用にはこれで充分なのではないかと解される。

以上経験則違反及び法令適用の誤りにつき判断を仰ぎたく本件上告をなしたものである。

本件については上告人らの行為に全く落度はなく、ひたすら登記を信じて不動産を買い取つたものであり、一方被上告人は、不動産を買つたとしながら売主から買い取つた他の不動産は取得登記しており(乙二二号証、昭和四三年坂本まさえ(高谷まさえの別名)より移転を受けている)、本件のみ一〇年間も放置していたものであり、常識では考えられない行為をなしたものである。

まして放置していたことにつき、特段の事情があれば格別、それは全くなく、むしろ最も重要な証拠としての岡本栄次郎が死亡するや訴訟を起こしたのではないかという疑いはどうしても残る事案である。

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